『グーグーだって猫である』
Posted on : 2008年9月21日 | トラックバック (0)
こ...これはないだろっ...!
こんな人にお勧め
■吉祥寺が好き・詳しい
■小泉今日子が好き
■森三中が好き
お勧めしない
■大島弓子好き
■猫好き
単なる「猫好き」の魔界王子は最初の30分くらい頭の上にハテナマークをくるくる回してる感じでした...
私は短期間ですが吉祥寺に勤めていたので、まあ...なんとか...
ストーリーは「散漫」の一言につきます。登場人物が多すぎるし、回収されない設定(主人公の恋人?との結末とか)が多すぎる。まさに投げっぱなしジャーマン。
それなのに猫の出番が少ないという...ただの猫映画にしておけば良かったのに...
ポスターとかはどう見ても猫映画。畜生誰がこんなことを...
小泉今日子は貫禄というか、老けたなぁって感じですが、それは映画のテーマのひとつである「長い独身生活の果ての老い」とリンクしてることなので良かったと思います。
しかし男性陣は全体に(狙ってなのか?)演技が微妙。
結論:雰囲気は良かったので、ただの猫映画にして欲しかった
以上です。
『崖の上のポニョ』
Posted on : 2008年9月18日 | トラックバック (0)
かなり今更感が漂いますが、見てきました。
ちょっと短めなんですが、娘(五歳)にとってはちょうどいい長さだったらしく、じぃっとスクリーンに釘付け。
後半かなり超展開(前半がまあまあリアル?というか、母親が介護職に就いてたり、割と現実的な設定で、「波に顔がついてる」とかは子供にしか見えないものを表現してるのだと思っていたら、最終的には大人もみんな「なんでもあり」を受け入れているという。
すごぉおおく簡単に私が要約すると
「人間に絶望して海の住人になった研究者と、海の女神との間にできた娘が半魚人。
外の世界に憧れて海底から飛び出し、地上の崖の上の家で自分と同じ年頃(?)の少年とピュアな恋に落ちるが、それをきっかけに大洪水が起こって世界が変わってしまう。
その世界は生き物にとっては「原始の海」に近くて、非常に平和である。人間たちも幸せそう。しかしそれはまだ「早すぎた」とかそういうものらしい。
少年は「半魚人でも魚でも人間であっても変わらず愛する」と海の女神に迷い無く答えることで、娘の半魚人は人間になり、世界のほころび?みたいなものは閉じられた。」
ハッピーエンドっぽいんですが、
「世界が水没したことで、むしろ人々は幸せそうである」
「一回は海に沈んだ街」が復興する様子とかは一切描かれずにほんと唐突に終わる」
...ここら辺が大人が見ると「...あれ?」っていう居心地の悪さを感じるんです。
「ポニョが人間になって幸せに暮らしている様子」も全然ない。
(「魔女の宅急便」みたいにエンドロールで見せるような手法もない)
いったい全体世界は「救われた」のか。世界はほころびたままでも幸せそうだったじゃないか。
っていうか「補完された世界」だろうあれは。
ポニョと宗介は水中のまさに「満たされた世界」から出て行くことになるんだろうけど、ポニョの両親どころか宗介の両親も既にあの水中楽園になじんでいたわけで...
「あら、わたし達はもともと泡から生まれたのよ。」
「泡」になって海に溶け込まないことを選択した幼い二人。
誰も居ない荒涼とした砂浜で、残される二人。
...エヴァンゲリオン?
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