選択と責任
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最近またも激しく自分自身で「もうどうしていいのかわからない」みたいな出来事が襲い掛かり、ふたたびいろんな人に「うぇーん...」って聞きに行く事になってしまった。
どっかに義理を立てるとどっかに義理が立たなくなってしまい、もはや自分が何をしたいのか迷走気味になってきたというか。
しかしオイラこんなんでも今後は一人チームリーダーとして立たねばならないんだぜ。
メンヘルなのにやっていけるのだろうかという不安はあるものの、年が明けたら正式にフリーランスになることになりました。
仕事の自由さ(自宅作業。ただし年に数回激務の時期がある)の割にそれなりの給料をもらっていたのだが、なんか「これでよかったのだろうか...?」とむなしさを感じる、そんなもうすぐ30。まさにスィーツ脳。
そんな中でたまたま夏くらいから同人的活動で連続して大きなプロジェクトに(無料で...)関わる機会がありまして、そこでいろんな人と関わりを持ち、優秀な人が次々に現われてすごい衝撃を受けました。
それに比べて自分はなんと卑小な...orz
そこで複数の人に指摘されたんですが
「あなたの能力は小さい組織の中で激動の時代に最大値」
組織が安定して来ると、私みたいな全てが半端な能力の人間は正直意味がなくなってくるわけですね...デザインセンスはデザイナーレベルに到達しないし、ディレクションも大きな仕事はやったことないし、事務系は壊滅的です。
なんかこう、自分で会社に残る意義みたいなのが感じられなくなってきてたんだと思います。
自分はいつも「自分が好きな人たちの為になんかしてあげたらいいなぁー」という、すごい一見善人ぶった動機で仕事とかに取り組んでいて、それはそれでまあ、周りの人によくしてもらったり、良い面もあったと思うけど、それで「自分のためじゃない」っていう逃げ道を残してきたんだと、今となっては思うわけです。
会社員じゃなくなることを選んだのは、「あんま貢献してないから」(他人のため)っていう以上に「それがつまらなくなってきた」(自分のため)っていうのが大きいかなと思います。
リスクを恐れても始まらないし、他人と不和になる事は生きてる以上避けられない。
生きてる限りはメンヘルも治らないだろうし色んな物は失われ続ける。
自分で決めて先に進む時がきたのだなと。
いつもの友達が門出を祝って名刺を作ってくれる事になりました。

......なんだよこの血しぶきはっ......!!
友達「あなた好きじゃん、血しぶき。サービス」
『......でもまあじっくり見るとオサレかも......』(まんざらでもない)
友達「...正気かよ、いやまあメンヘルなのは知ってるが。
しぶきの飛び方ちょっと変えたら血じゃなくなるかも」
『そうだねーこうしてこうして色をこの色にしたら"血じゃない"って言い訳できるね、これにするよ』
友達「なんで名刺渡す時に一々言い訳しなきゃならんのを選ぶのよ...」
だって好きなんだもん...血しぶきとか...
友達「本気で選ぶとは思わなかったよ...はぁ...あなたって...」
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