もう状況は詰んでます

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最近仕事で普通に「打開した」とか「詰んでる」とかを自然に使ってしまう自分がどうかと思います。
こんな20代女子(というか女子って言えるのいくつまで?)って…しかも着々と20代じゃなくなっていくというのに…
学生時代は夏休み真ん中過ぎて誰にも祝われたことが無いんだぜ!
そんなわけであと二時間もしないうちに私は一つ歳をとることになります。

自分としてここ半年くらい悩んでいたことがあって、いろんな人に意見を聞きまくって、でも大体においてみんな同じような悩みを持ってるんだなぁということがわかって(それしかわからなかったともいえる)、まあよかったのかなという結論になりつつある。
何でかわからないけど、私は周囲が結構出来た人が多くて常に「足を引っ張る役割」みたいな感じでショボンだったのだが、改めて聞いたらみんなが笑って、若い頃のダメな話とか「俺はコレが未だに出来ない」みたいな話をしてくれた。
勿論周囲が相対的にダメになったからといって私の位置があがるか?という問題では全然ないんだけど。たとえば三歳上の人と出合ったのが三年前だとすると、今年「出合った頃のその人」と同じ年になる。20代後半くらいから努力の差?とか基本スペックの差がはっきりし始めてきて、すごい「自分は一生ダメな子なままでいるんじゃないのか…?」みたいな焦りがあった。
周りがすごく構ってくれるし、優秀な人たちを身近に感じることができることで吸収できたものもあるけど、常に「比較して自分は…」という思いがぬぐえなかった。

ダメじゃなくなるためにどうしたらいいんだろう?一体どこに自分の価値を求めたらいいのかな?ということで焦っていろんなことに手を出して、ある程度の見返りがあったものもあるしむしろ炎上しちゃったものもある。「君は頑張ってるよ。」と優しい言葉をかけてくれた人にも「でも私は結果を出したかったんですよ」ってギャクギレみたいな感じで返してしまったこともある。
とにかくここ半年くらいは自分にとっては結構ヘビーな時期だった。あまりのヘビーさに余裕みたいなのを失い、精神的にも失速してしまった。

これからも今もその先も人生がヘビーなものであることは(程度の差こそあれ)変わらないだろうということが想像できる程度の年齢になった。どうヘビーなのかというのは言葉にして説明するとものすごく陳腐なことなんだけど(家庭とか仕事とか私生活とか、とにかくありふれたことだ)、陳腐でありふれてるからといって辛くないわけじゃない。で、辛いからといって他人に優しくしない言い訳にはならない。

要するにもういい年なんだから、他人に優しく生きたいなと思います。ダメな子から脱却できないとしても最低限。

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