スペースミッションな時代

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アメリカ空軍、ゲームヲタに無人航空機を操縦させる計画

すげーぜ!これで私(視力0.03)もパイロット!!

でもwikipediaで見たら「無人戦闘機」というのは厳密にはいまだ存在してないらしいです。実用レベルにあるのは偵察機(というか民間で言ったら観測用?一方的に地上爆撃はできるけど、空中戦はできない)。衛星を介して通信…とか開発は進んでるみたいですが、結局「地上で人がリアルタイムに操作する」ことがまだ難しいらしい。
今は飛行ルート等の操縦は自律全自動化する方向だそうですが、実際に兵器が切り離される時は人の手の介入がいるそうです。そりゃ突然「暴走モードです!」とか「スーパーハカーに乗っ取られました!」ってなったら怖いからな…
でも「生物が乗る」ということを設計段階から考えなくていい機体というのは、その分軽く作れるらしい。

「戦闘妖精雪風」でも「パトレイバー」(あれは飛ばないけど)でも「FiveStarStory」(これは確か飛ぶのもあったはず…)無人機(のようなもの)に取って代わられる将来を示唆しながらも、結局有人機が勝利します。人の持つ判断の臨機応変さに、未だ機械は至らないということなんでしょうか。
「雪風」では機械・雪風の方が人間に近づいていくというストーリーでしたが、機械でなくなることによってパイロットとの蜜月関係(と、一方的にパイロットが信じていたもの)は崩壊します。雪風は人間に近くなることで、従順な妻から獰猛な女戦士になり、生物を載せてはできない激しい空中戦をするために、パイロットを強制射出までするようになります。しかしそれは広義では「愛」ではないでしょうか。今時の知的機械は昔のSFと違って人間に反乱するのは流行らないぜ!
それは「攻殻機動隊S.A.C」では「多様化」(トグサが公安9課にいる理由)と表現され「FSS」では「優雅さ」(人型でないファティマの操縦は巧いが優雅ではないと表現される。個人的には人型じゃないものに精神が宿る方が好みですが)と表現されているものに通じるんじゃないかと思います。

今こうして向かっているパソコンにもそういう、デジタルじゃないものが蓄積されつつあるといいんだけどな、と思います。

しまったっ…今日もまた二十代女子らしからぬ話題でキャッキャウフフしてしまった…!
昔「田舎の葬式を語る」で超絶長文書いて周りをどっぴきさせたことを忘れたのか、私…

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